資料館と慰霊碑 2013年5月19日

ブルーインパルスも来ていました

Old navy Miho base

私は友人の隣に住む旧海軍美保基地出身の山口昭治氏の死去後、奥さんから当時の写真を預かり、美保基地の資料館に届ける約束を果たす為、美保基地を訪れた。 
 山口さんは、当時、美保基地の第14期第24分隊、甲種飛行予科練習生として昭和19年4月に入隊、昭和206月に特攻隊員として実戦配備されたものの、特攻機「秋水」が実戦に間に合わないまま8月に終戦を迎えた。(三重海軍航空隊 特一部 第106部隊に「秋水」要員として所属)

美保基地は昭和18年、旧海軍の基地として開設され、第2次世界大戦後、連合軍による接収を経て、昭和30年に航空自衛隊が部隊を設置し、昭和33年9月に日本に返還され、航空自衛隊美保基地となった。

現在、美保基地は、西日本で唯一の輸送機部隊が所属する基地で、C−1及びYS−11型輸送機とT−400型練習機があり、隊員は約1,000名いる。 
 長さ2,500メートルの滑走路を持つ美保飛行場は、航空自衛隊が管理しているが、自衛隊機と民間機との共用飛行場に指定されており「米子空港」の名称で広く利用されている。 また、毎年5月に美保航空祭も開かれる。























戦跡 TOP

旧海軍美保基地 (鳥取県米子市)

特攻機「秋水」

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山口さんから預かった写真